ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド ~ Fiat 600D ムルティプラ 1963 ~
07,2022 16:49
彼とは いつも一緒だった
売れない歌手と マネージャー兼運転手
1963年式 Fiat 600D ムルティプラは
伊能忠敬と松尾芭蕉を足してもかなわないほど 日本中を駆け巡った
そして 夜は 車中泊・・・
サントリーレッドが 私たちを毎日リセットしてくれた
芸能活動による収入は
ほとんど ムルティプラを含む 私たちの食費に消えていった
それでも コロッケ一つ毎日我慢した彼は
不動産業を始める
それが 彼の新たな才能を開花させた
これで盤石な生活基盤を得た彼だったが
相変わらず 巡業を続けた
もはや・・・ 趣味か・・・ 病気の世界だった
彼は 私を生涯の友と呼んだ
雇用関係を気にして
ムルティプラの中でのみ 私も彼を友と呼んだ
しかし・・・
人の思いなど 地球には全く興味のないことだった
彼の基盤であった不動産は
関西を襲った大震災で すべて消えた
彼には すでに家族があった
妻子を守ることで精いっぱいのはずで
私を雇う余裕がないことは明らかだった
ムルティプラと共に 私は彼の前から消えた
今はもう廃業してしまった
車の整備工場が私の実家だった
ちなみに
ムルティプラは 整備工場が閉鎖されたとき
両親が譲ってくれた車だ
小学生のころから
手伝いに駆り出され 車を動かしていた私にとって
運転は 息をするのと同じだった
結局・・・
私は タクシー会社に就職した
運転しかないのだ・・・
稼いだお金は
相変わらずムルティプラの整備費と生活費
そしてサントリーレッドに消えた
その間も
彼のことを忘れることは無かった
いや・・・ 忘れたくなかったから
私は この地を離れられなかったのだろう
Simon & Garfunkel - Mrs. Robinson
しかし・・・
私は 再び地球に翻弄される
コロナ禍で タクシーの利用者は激減し
私は 解雇通知を受けた
午前零時を回ったころ 青年を乗せた
行き先は 彼の事務所がある街だった
これも何かの縁と感じた私は
この客を 最後の客に決めた
「運転手さん 運転うまいね」
後部座席の青年は
予想に反して 話しかけてくるタイプだった
「いえいえ 大したことないです」
と返事をした瞬間・・・
背後から 左手が引っ張られた
”強盗・・・！？
そんな風には感じなかったけど・・・人を見る目も鈍ったかな・・・”
そんな思いが 頭をよぎりながらも 身体は瞬時に反応していた
周囲の車線を チェック！
誰もいないことを確認すると ハンドルを一気に 右に振り切った
車は ぐるりと一回転した！
後部座席で男は ひっくり返っていた
バックミラー越しに
床に這いつくばる男を 改めて見ると・・・
「ぼっちゃん？・・・」
「さすがですね 雅子さん」
青年は・・・ 彼の息子だった
一週間後・・・
私は 六甲から街を見渡す墓地にいた
3ヶ月前・・・
天に旅立った彼の墓石にサントリーレッドをかける
私は女だけど・・・
リック・ダルトン（Leonardo DiCaprio）とクリフ・ブース（Brad Pitt）のように
いつまでも 一緒に飲んでいたかった・・・
ムルティプラの車内で
彼の孫娘が 歌っている
一週間前・・・
彼の息子の依頼で 私は彼女の専属運転手になっていた
「あなたと違って あの子は 才能がありそうですよ」
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド・・・
リックとクリフの存在が シャロン・テートの人生を変えたように
あなたにかかわるすべての人が 幸せを感じることができますように そんなことを思った
「また来ます」
ムルティプラが走り去る道と交錯するように
飛行機雲を描きながら 銀色の飛行機が 西に向かって飛んでいた
売れない歌手と マネージャー兼運転手
1963年式 Fiat 600D ムルティプラは
伊能忠敬と松尾芭蕉を足してもかなわないほど 日本中を駆け巡った
そして 夜は 車中泊・・・
サントリーレッドが 私たちを毎日リセットしてくれた
芸能活動による収入は
ほとんど ムルティプラを含む 私たちの食費に消えていった
それでも コロッケ一つ毎日我慢した彼は
不動産業を始める
それが 彼の新たな才能を開花させた
これで盤石な生活基盤を得た彼だったが
相変わらず 巡業を続けた
もはや・・・ 趣味か・・・ 病気の世界だった
彼は 私を生涯の友と呼んだ
雇用関係を気にして
ムルティプラの中でのみ 私も彼を友と呼んだ
しかし・・・
人の思いなど 地球には全く興味のないことだった
彼の基盤であった不動産は
関西を襲った大震災で すべて消えた
彼には すでに家族があった
妻子を守ることで精いっぱいのはずで
私を雇う余裕がないことは明らかだった
ムルティプラと共に 私は彼の前から消えた
今はもう廃業してしまった
車の整備工場が私の実家だった
ちなみに
ムルティプラは 整備工場が閉鎖されたとき
両親が譲ってくれた車だ
小学生のころから
手伝いに駆り出され 車を動かしていた私にとって
運転は 息をするのと同じだった
結局・・・
私は タクシー会社に就職した
運転しかないのだ・・・
稼いだお金は
相変わらずムルティプラの整備費と生活費
そしてサントリーレッドに消えた
その間も
彼のことを忘れることは無かった
いや・・・ 忘れたくなかったから
私は この地を離れられなかったのだろう
Simon & Garfunkel - Mrs. Robinson
しかし・・・
私は 再び地球に翻弄される
コロナ禍で タクシーの利用者は激減し
私は 解雇通知を受けた
午前零時を回ったころ 青年を乗せた
行き先は 彼の事務所がある街だった
これも何かの縁と感じた私は
この客を 最後の客に決めた
「運転手さん 運転うまいね」
後部座席の青年は
予想に反して 話しかけてくるタイプだった
「いえいえ 大したことないです」
と返事をした瞬間・・・
背後から 左手が引っ張られた
”強盗・・・！？
そんな風には感じなかったけど・・・人を見る目も鈍ったかな・・・”
そんな思いが 頭をよぎりながらも 身体は瞬時に反応していた
周囲の車線を チェック！
誰もいないことを確認すると ハンドルを一気に 右に振り切った
車は ぐるりと一回転した！
後部座席で男は ひっくり返っていた
バックミラー越しに
床に這いつくばる男を 改めて見ると・・・
「ぼっちゃん？・・・」
「さすがですね 雅子さん」
青年は・・・ 彼の息子だった
一週間後・・・
私は 六甲から街を見渡す墓地にいた
3ヶ月前・・・
天に旅立った彼の墓石にサントリーレッドをかける
私は女だけど・・・
リック・ダルトン（Leonardo DiCaprio）とクリフ・ブース（Brad Pitt）のように
いつまでも 一緒に飲んでいたかった・・・
ムルティプラの車内で
彼の孫娘が 歌っている
一週間前・・・
彼の息子の依頼で 私は彼女の専属運転手になっていた
「あなたと違って あの子は 才能がありそうですよ」
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド・・・
リックとクリフの存在が シャロン・テートの人生を変えたように
あなたにかかわるすべての人が 幸せを感じることができますように そんなことを思った
「また来ます」
ムルティプラが走り去る道と交錯するように
飛行機雲を描きながら 銀色の飛行機が 西に向かって飛んでいた
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