イミテーションゲーム/エニグマ ~ ジムニーシエラ ~
28,2015 13:59
「私が難病になって
毎月 高額な医療費が必要になったら どうする?」
セプテンバー・モーンを口含みながら カノジョは言った
まさか カノジョがこのカクテル言葉を知っているとは思えないが・・・
~貴方の心は何処に?~
カノジョの 直感をさらりとかわして僕は言った
「もちろん・・・
心から愛する女性のためなら 全財産を投じるだろう
そして もし・・・
その人が この世界から旅立つしかないとわかったら・・・
僕は 一緒に太平洋の海原に 身を投じる
大切な人がいない世界は 無意味だから」
キールを飲む僕に カノジョは言った
「そう・・・
貴方は やっぱり ”君を・・・”
とは言ってくれないのね・・・」
ジョーン・クラーク(Keira Knightley)が
クロスワードを完成させたときのような瞳で
カノジョは さよならと言った
カノジョを大切な人だと思っていたはずだ
しかし 自分自身の中で うまくパズルがかみ合っていない
仕方ないことだ・・・そう思った
「お前は普通じゃないよ! この街最高の女を手放すなんて」
友人は言った・・・
廻りの人は いつも僕のことを普通じゃないと言う
街唯一の上場会社の経理部に所属していた僕は
いわば勝組だった
しかし 理数系出身だからという短絡的な理由で配属された経理部の職場環境と
カノジョとの偶然の出会を 避けるため
僕は会社を去った
両親も言った
「お前の考え方はわからない お爺さんと一緒で 普通じゃないよ」
僕は 街の北東部にある湖の更に対岸に基地を持つ
血液センターのドライバーになった
運転が好きな僕にとっては 合法的に公道を 雷のように走ることができる
出動以外の時間はクロスワードに没頭する
何もかも 深く考えないでいられる生活は 自分に合っていると思った
三つの低気圧が重なり 台風のように猛烈な寒気が街全体を凍り付くしたその日
誰もが 今日の緊急出動はごめんだと 思っていた矢先・・・
緊急連絡!!
RHマイナスO型の血液を至急 市民病院まで
RHマイナスO型・・・
僕の頭に5年ぶりにカノジョ顔が浮かんだ
パートナーの2つ年下の後輩がぶつぶつ言う
「こんな日に出動したって 手術までに間に合わないですよぉ
時間が遅くなると 手術の失敗は全部俺たちのせいにされちまうんですよぉ!
行きたくないなぁ・・・」
それは 他のドライバーも同じだった
誰もが無口になり・・・
テレビのニュースだけが虚しく響く・・・
~20年ぶりの寒波は 夜に向かって更なる気温の低下で・・・~

その時 僕は閃いた
「お前の車 確かジムニーシエラだったなっ!」
”へいっ”と しぼんだ風船のような顔で後輩が言う
「お前の車を貸せ 俺がいく!」
皆の眼が 普通じゃないよと語る中
後輩から キーを毟りとると僕はセンターを飛び出した
幸い雪は小ぶりになっていたが
猛烈な強風と路面凍結の状況では
最速記録を誇る自分でも 病院まで60分はかかる
しかし あのルートなら・・・
僕はハンドルを思い切り南西に切った
目の前には ただ真っ白に全面凍結した湖が広がっていた・・・
20年前・・・
僕と唯一話が合った 祖父が人知れずチャレンジした大冒険・・・
”トラクターで 湖を横断”
しかし 結果は 湖の2/3の地点で 氷が割れ
トラクターは 湖底でワカサギたちの家になった
あの時のトラクターの重量は1500kg
この車の重量は自分を入れても1100kg程度
それに 今年の氷は あの冬より 更に分厚いはずだ!
シエラの四輪が 氷を駆った
時折聞こえる Pishi! Pishi! という音と共に体中に電流が流れる
自分を信じろ!
そう言い聞かせて 僕はアクセルを強めた と その時!
Bashiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii
直下で 大きく氷が砕ける音がして 車体が大きく傾いた
湖の2/3地点・・・湖底に沈むトラクターがよぎる・・・
こん畜生!!
思わず アクセルを蹴飛ばすように力を込める
軽自動車の骨格に搭載された1.3L M13A型エンジンが唸り声をあげる
Gakun!!!!
運転席から飛び出しそうな振動の後・・・ シエラは再び加速した
バックミラーには 真っ黒な穴がポツリと見えた・・・
「この冒険は いつか誰かの役に立つ・・・」
祖父の声が ぼんやりと頭の中に浮かんだ
病院に到着したのは センターを出て20分のことだった
それは 平常の最速タイムを3分も短縮していた
迎えに出てきた医師は あまりに早い到着に 驚きの表情をだったが
すぐに これであの娘は 助かる と言うと 手術室に消えた
再びの静寂・・・
いつもなら 病院には残らず すぐに帰路につくのだが
この日 僕は 久しぶりに病院の待合室で
ホットコーヒーを飲むことにした
カノジョと同じRHマイナスO型の少女に奇跡が起きることを信じて
!!!
待合室には カノジョがいた・・・
「やっぱり 彼方が来てくれた・・・
普通じゃない人が 軌跡を起こす そう信じていたから・・・
私の妹を助けてくれてありがとう・・・」
だれもいない 夜の待合室で 僕たちは そっとキスをした
5年かけて僕は エニグマを攻略した・・・
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